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●リレー連載映画レヴュウ/第十三回
『悪と暴力の向こう側  〜ミヒャエル・ハネケについて〜』
ジャケット

■ 有罪性はわたしのテーマだ。何を撮っても罪になる(ハネケ)

 では、これらの暴力をハネケはどのように考えているのか?
「過虐的」「悪趣味」というふうに、そのショッキングな面ばかりが話題になりがちだが、なぜ彼は一貫して暴力を描こうとするのだろうか?
 厳密に言うとハネケの映画はホラー映画とは言えない。
 なぜなら「恐がらせること」が目的ではなく、むしろ「暴力」は、高度に文化的な現代社会、あるいはその背後になるもの(おそらくキリスト教文化に対してだろう)への挑戦のためのツールなのだから。
 ここで一つ気づくことがあるが、初期三部作から、近作の『隠された記憶』(2005)に至るまで、映画の主役を担う人間たちはほとんどがブルジョワジー階層に属する人間たちなのである。
 なぜそのような人間たちに物語を担わせるのか?彼等は自分達の土地を持ち、別荘を持ち、社会的に人気のある職業であったり、会社の中でも特権階級に属する身分であったりする。彼等は節度を守り、洗練され、表面的には近所とも良好な関係を築いている。いわゆる「よき市民」である。
 だが、それを簡単に「よき市民」と言い切ってよいものか。ハネケの目はそこに向けられる。

 一方の繁栄は同時に一方の搾取へとつながる。ごく当たり前の事実だが、そのことはあまりにも当たり前すぎて、誰も見ようとしない。子どもが聖歌を歌いながら後ろ手で金のやり取りをする(この描写はブレッソンを意識したのかもしれない)、息子が起こした殺人を隠そうとする両親、安っぽい正義感で難民の子どもを引き取る女性、ハネケの皮肉な視線は彼等の微笑の裏側を揶揄しているようだ。
 補足しておくとハネケ自身の生い立ちは、明らかにブルジョワジーの部類に属する。父親は映画監督、母親は女優であり、スタート地点から彼は優位性を備えて生まれてきた。
 そして何よりも「ドイツ生まれ オーストリア育ち」という彼のアイデンティティが有罪性の原点のように思えるのである。これら不自由のない家族は、むしろハネケ自身の姿ではなかっただろうか。
 彼が示す暴力とは、これらやさしげな微笑の裏に隠れる矛盾を剥き出しにすることであり、同時にそこには屈折したハネケ自身の問題も隠れているように思えるのである。
 
アンシュルス
 ハネケが生まれる1942年前後、アンシュルスと称される政治的な事件があった。すなわち、ヒトラー率いるドイツ帝国による、オーストリア併合である。詳しい説明はここでは避けるが、当時のオーストリア国民はナチスの存在に危惧しながらも、経済的期待、あるいはお互いに旧ハプスブルグ帝国国民としての民族主義なども加わり、アンシュルスの際には、オーストリアでは組織的な軍事抵抗は行われなかったようだ。  いや、一度併合が決定してしまうと、それはむしろ諸手をあげての歓迎に変わったと言ってもよい。わたしは以前オーストリア併合宣言の際の動画を観たことがあるが、今にして思うとそれは一種滑稽な茶番劇のようで、胸が痛くなる。  英雄広場でのヒトラーの演説は過剰なまでにドラマチックだった。オーストリア国民は、それに酔いこそすれ嫌悪感は見つけられない。広場に入れなかったものは石像や樹に登り、救世主と見なしていたドイツ帝国の総統を応援しているのだった。
 併合前は甘い言葉を並べたドイツ帝国だったが、オーストリアの期待は裏切られることになる。併合とは名ばかりで、実際にはオーストリアはドイツの支配下でしかなく、オーストリア国民は「二流市民」扱いされた。結果アンシュルスは著しく国を疲弊させただけとなった。 
 
 長々と歴史のことを示したのは、後にハネケが映画で扱う問題が、この歴史の中に内包されているからだ。
 ハネケたち家族は支配者ドイツ側からオーストリアに現れた「一流市民」であり、そのことが少年だった彼にどのような影響を与えたのか想像に難くない。単純な優越感ではないだろう。映画を撮るような感受性を持った少年は、むしろそこに罪悪感を感じるのではないか。
 ドイツというアイデンティティの持ち主が、オーストリアの中で育つ。
 差し伸べられた手が、ある日暴力に変わる。
 片方が片方に侵入する状況、あるいは難民、民族紛争を映画で扱うこと
 ハネケのブルジョワジー嫌悪は、決して経済上の格差を非難するものでもない、それは彼個人の歴史から生まれでたテーマなのである。
 ハネケの映画にはいわゆるハッピーエンドは滅多に見られないが、それはもしかしたら、有罪性を持つ自分に対しての贖罪なのかもしれない。作品は意識せずともどこかしらで作者を語るものだから。

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