世界がグルリと反転し牙を剥く。
誰もが各々の役割を果たしていくだけで堆積されゆく無意味さが一個人を襲う。
無意味さのこの累積した連鎖の果ては滑稽ですらあり、そこに巻き込まれた者共を笑いを持って眺める。
眺める。
このフレーズが一番ハマル。
傍観が伴った時、この連鎖は理不尽さとして当事者へ襲い掛かり悲劇とななり、引き攣った笑いを道連れに幕を閉じる。
ブラジルの陽気なテーマに反し、乾いた笑い声と冷めた視線。
イギリス映画特有の空気感。呆れた笑い。
クダラネエの一言で一線引くことができたならば渦中へと嵌まり込むこともなく、諦念に似た思いを持って眺められていた筈なのだ。
無意味さは傍観していればこそ呆れつつ付き合うこともできる。
そこへ情熱を持って参加したならば唯一拮抗しうるのは”意味”によるものではなく、逞しい”幻想”だ。
幻想はハードで煌びやかで少し狂っているくらいがいい。
無意味さと対抗しようと思うならば、そこへ”意味”を持ち込むのではなく狂気の伴った夢、それを抱いていくしかない。
「きっとよくなる」
その現実離れした夢から覚めずに目を閉じたまま飛び上がることだ。
”地面に叩きつけられるまでは安全だ”
現実から目を逸らせ。
客電が点れば白ける夢だ。
せめてエンディングテーマが終えるまでスクリーンに噛り付いてりゃいいじゃねえか。
僅か2時間だ。
中学生のころ。
夢見ることのタフさを教えてくれた人生を変えた一本。
飛び出すがジェット。そのディテール。抜きん出たヴィジュアル。空調が効き過ぎて乾いた空気。
カフカ世界で狂騒的に跳ね回る物語。
圧倒的は、「未来世紀ブラジル」。
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