結城一誠過去作品展示
INDEX ABOUT INFO CONTENTS ARCHIVE BBS LINK
REVIEW: TOP > INDEX > ARCHIVE > MOVIE
●リレー連載映画レヴュウ/第六回 『チェンジリング』”
ジャケット

チェスマン館内観
U  隠れた傑作、と云ったのは同世代でこれを観ている人にまだ会ったことがないからだが、私より少し上の世代、80年の劇場公開時に観ている世代には忘れがたい映画であったようで、小中千昭氏の評論集『ホラー映画の魅力』ではしっかりと言及されているし、たしか綾辻行人氏あたりもベスト3に撰んでいたのではないかと記憶する。私が本作の存在を知ったのもそうしたベスト何々の企画上であった。

 本作が映画史上稀に見る「怖い」映画であるのに、いまひとつ知名度の点で劣っている理由は考えてみるに二つ。  ひとつは同列のオカルト映画『オーメン』や『エクソシスト』に比べてやや印象が地味であること、そしてもうひとつはおそらく流通の面で恵まれなかったことである。
 後者については個人的な経験からそう云うのだが、私はこれまで『チェンジリング』を置いているレンタル店を一度として見つけたことがない。勿論皆無ではなかろう。探せば当然どこかにはあるはずなのだが、私が京都で入った十件ばかりの店には『悪魔の棲む家』や『ヘルハウス』はあっても『チェンジリング』だけは何故かなかった。(だからセルビデオ屋で買ったのだ。)

 してみるとそれなりに珍しい映画、ということになり、あの『リング』がヒットした際に「『チェンジリング』そっくりだよね」という人間が周囲にいなかったのも、成程と頷けるのである。早々に叩き売られたか、そもそも流通本数が少なかったのかは知らないが、とにかくこの映画、観ようにも店になかったのだ。少なくとも私の知る範囲においてはそうであった。
 さてこうした情況論よりも先にあげたもう一つの理由、印象が地味であるという点こそ作品の根幹に関わってくる問題である。

V
 確かに『チェンジリング』は暗い、地味な映画だ。その印象をただ一言で述べるなら「陰々滅々」であり、見終わった後には重ったるいものが肚に残る。

 今日の今日まで私は、この底冷えするような暗さ、鬼火のごときムードをカナダ映画ならではの特徴と考えてきた。
 冒頭、主人公の妻子がトラックに撥ねられて急死するのだが、そこに描かれる雪原の冷徹さは、かのクローネンバーグの傑作『デッドゾーン』とよく似たものであり(云うまでもなくクローネンバーグ監督はカナダ出身である)、幽霊屋敷チェスマン館における荒涼とした描写も、まさに北方的感性のなせる業だと信じて疑わなかったのである。

 これは自分が北海道出身だから思うことなのだが、年中通して湿度が低く、カラリと晴れる日が少なく、年の半分近くも雪を見ているような土地に生まれ育つと、明らかにモンスーン地域の人間とは感性が異なってくる。とりわけ精神性に影響を与えるのが雪という奴で、吹雪の中に立っていると自分が人間なのだか亡霊なのだか生きているのか死んでいるのか、よく解らなくなってくるのである。
 思い返してみても同郷の人間で生気みなぎる、いかにもここに生きているといった感じの者はほとんど皆無であった。誰もかれも影が薄く、薄倖そうで、吹けば飛んでゆきそうな人ばかりであった。
 最後には神々がすべて滅亡する北欧神話の『エッダ』よろしく、人生が陽炎のようにはかないものであることを幼少期から叩きこまれてしまうので、こうした土地ではラテン民族的明朗性をそなえた人間中心の文化などなかなか育つものではない。育つとしたら生者と死者がいつしかスルリと入れ替わっているような、極めてゴーストリーで、陰鬱で、はかない文化だけであろう。(ケルト作家フィオナ・マクラウドの作品を読んでいると「ああ、北海道だなあ」とつくづく思う。)

 かような訳で『チェンジリング』に横溢する底冷えするようなムードをも、これまではカナダという製作国に帰してきたのだが――――。
 本日この稿を書くにあたって色々調べ、作品を見直してみて愕然とした。

 始終雪の降っている映画という私の記憶は誤りで、雪が現れるのは冒頭の数分のみ、以降作品の舞台はシアトルへと移るのである。幽霊屋敷チェスマン館があるのもシアトル郊外という設定で、これはアメリカを舞台としたカナダ映画なのであった。監督のピーター・メダックはカナダならぬハンガリー出身である。
 それではあの寒々とした印象は「これがカナダ映画だ」という私の先入観によるものだったろうか。そうではない、というのが久しぶりに見返した私の結論である。より生気のないもの、荒涼としたものを好みがちな私の北方的気質に訴えかけてきたのは、作品の舞台設定などよりもむしろそこで語られる物語と、ピーター・メダックによる演出の方なのであった。

←BACK
NEXT→
-2-

CURRENT INDEX
 
AHEADINDEX
Copyright c2007 FLYER All right reserved.
画像使用について問題がありましたら「ABOUT」内メールフォーム、もしくはBBSにてご一報下さい。