結城一誠過去作品展示
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●リレー連載映画レヴュウ/第五回 結城一誠が見た
“第18回オリンピアード競技大会東京大会公式記録映画『東京オリンピック』”
ジャケット

吹けば飛ぶよな将棋の駒に室内競技の記録に於いてもキャメラの捕獲するものは変わらない。一貫してこの映画でキャメラは、遠目で見たような試合結果や内容ではなく参加する選手らの人物描写と情景の捕獲に徹している。女子80メートルハードル決勝。キャメラは、当時スタート前に独特の動きを取ることで知られていた依田郁子という日本選手を追いかけていた。自らのスタートラインを箒で馴らし、その箒を放ったかと思うと、今度は口笛で「王将」の旋律を吹き始める依田。側転したり、後転したりと落ち着きなく動き回るシーンが映像には収められているが、何のことはない、他の選手も同じような動きでウォーミングアップしているではないか。敢えて日本選手である依田のみに照準を特化せず、他の選手らの行動も他のキャメラが捉えていたのだ。競技の決着はほぼ十数秒で決まってしまうのだが、その前後に観察眼を向けたことで、この短い競技での選手各々の相対化された時間の流れを捉えることができたように思えるのは、単純な連想ではないだろう。競技本番その時だけが、彼らの精神力が集約される時間ではない。その集約にも過程があり、観客は気怠く思われる過程の時間帯こそが彼らの集中力培養の瞬間かも知れないのだ。
ウェートリフティングフェザー級で優勝した三宅義信の競技中の表情にも、リフティングの瞬間に向けて傾注されるべき集中力生成の瞬間を窺い知ることができようか。怒涛の雄叫びと微細に震える筋肉、整えられる呼吸。正に極限状態、エクストリームの瞬間である。

大きな玉ねぎの下で瞬間だけではない。キャメラは持久戦や長距離競技に見られる選手の忍耐力や孤独な闘いをも捉えていた。男子柔道無差別級決勝。神永昭夫とアントン・ヘーシングの対決。日本の国技としての柔道競技のラストを締めるこの試合。周囲からの絶大な期待とプレッシャーの中、足の故障を抱えて決勝を迎えた神永。対するは神永よりも上背のあるヘーシング。試合開始後、一瞬静まり返った武道館内に響く両者の掛け声。歓声が沸き起こり始める。キャメラはパンして両者の四股を、望遠レンズでは両者の必死な表情を捉えている。やがて押さえ込まれた神永は寝技を決められ、ヘーシングが勝利を収めた。決着後の礼を終え、対戦した両者は再び接近し今度は互いの努力を讃える。神永は、自国役員団の予想外の狂喜で半ば表情を硬くしたヘーシングを笑顔で讃え、再び両者は離れる。ここでは忍耐の奥に秘められた単一な綺麗事ではない礼儀とともに、選手の表情変化の緩急が映像に現れている。一見お涙頂戴的で儚い視点ではあるのだが、いかに市川監督がオリンピックの人間的な側面を強調したかったかが分かる。
競歩選手の顔 しかし、この映画にはテムポアップや独特の視点によるペーソスの展開もある。軽快なキャメラワークで迫る自転車競技、見るからに滑稽な形での競技方法に縛られつつも完走する選手に切なく迫る5Oキロ競歩。こうした展開を見る限り、完成・公開に向けてめり張りを付けた編集作業が施されたことを慮ることができる。単純なスポーツニュースに比べれば、これだけワンカットワンカット重厚かつ精緻なキャメラ演出が成されたカットの集成である。監督以下担当者は作業する上で相当骨を折ったに違いない。

各種競技の記録を経て、映画はやがてクライマックスを迎える。クライマックスは、実際のオリンピックでも締めを飾った男子マラソン競技である。代々木の国立競技場から調布方面へ延びる甲州街道がレースの舞台となった。世界記録保持者であるエチオピアのアベベ・ビキラやヒートリー、日本からは円谷幸吉らが参加した。

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