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●リレー連載映画レヴュウ/第五回 結城一誠が見た “第18回オリンピアード競技大会東京大会公式記録映画『東京オリンピック』” | ||||
1964年10月10日。開会式。黛敏郎作曲のテープ音楽「入場行進を経て整列を終えた各国選手役員団を前に、開会式の挨拶が行われる。アジアで行われる初のオリンピック。キャメラはやがて「開会宣言」を述べる昭和天皇の姿を捉える。「第十八回、近代オリンピアード…を祝い、オリンピック東京大会の…開会を宣言します」。ファンファーレと大砲に続き、オリンピック旗が運び込まれ、やがて最終聖火ランナー・坂井義則が場内に入って来る。競技場内に入ることが出来なかった場外の群衆は一斉に聖火台の方向を見遣る。選手役員観客らの声援受け聖火台へ一歩、一歩昇って行くランナーを背中から捉えるキャメラ、いよいよ聖火の点火である。一面の快晴である碧空を背に陶製の聖火台がそそり立つ。音楽のブレイクと共に聖火台に火が点けられる。点火のボッという音と歓声の嵐。五輪スローガン「より速く、より高く、より強く」を映す国立競技場に設けられた巨大電光掲示板。何百羽もの鳩が放たれ青空に飛び立つ。中々飛び立とうとしない一羽の鳩に近付くアメリカの役員。やがて会場に轟音が鳴り響く。ブルーインパルスにより五輪が一面の青空に描かれ、クライマックスを迎える開会式。 さて、場面は競技のシーンに切り替わる。スプリント男子100メートル決勝。「勝負を前にした選手達の表情は物悲しい」といった内容のナレーションの中、スローモーションで迫られる選手達の表情。スタートまでの出走準備の情況が刻一刻と描かれる様が、撮り直しをしてるんじゃないかと言えるようなキャメラワークと演出性と共に、画面上の構成要素の美しい配置に現れてくる。よく陸上競技は「肉体美」という観点で語られることが多いが、それら持ち合わせた選手らをキャメラマンがファインダーを通して瞬発力による判断で捉えた様は異様にも劇的であり、物悲しい陰影と共に選手の心をも映してゆく。こうした演出が続く競技の模様で随所随所活用される。短距離競争に後続するリレー、走り幅跳び、棒高跳び、抜きつ抜かれつの動向が見逃せない男子一万メートル。助走前、競技後の選手の一喜一憂、ハプニング、完走までの道程、そしてそれを見守る観客、役員、審判員。悲喜交交様々な感情やストレスが交錯する空間の力学が多くのキャメラによって流動的に切り取られてゆく。 砲丸投げやハンマー投げの競技シーンでは、キャメラが注目したのは放物線と着地ではなく、選手のセルフコントロールのためのウォーミングアップや呪いのような動作である。その中で、一際、腹部のゼッケンから口へ、口からゼッケンへと手を旋回上下運動させながらゼッケンを神経質に丸め込む選手の姿が印象的であったが、こうした姿を捉えるのもその場の即断と観察力が必要になってくる。このような情況では市川監督以下キャメラクルーは息を飲む緊迫感に晒されたに違いない。これはあくまでも推測なのだが、被写体と向き合う監督やキャメラマンとはそういう情況に常日頃瀕しているものなのだろう。そして何よりもその緊迫感にプラスして、彼らには時間との戦い、持久力が必要である。オリンピックでは、予定調和の許さない筋書きなないドラマが繰り広げられているからである。 参加することに意義がある、と張り出された五輪憲章に基づくオリンピックの競技とは言え、勝負が決着するまでは夜遅くまでの持久戦になることも多々あろう。実際、映画では高跳び競技の決勝が夜10時過ぎまで行われたシーンが映される。当時は照明も現在ほど明るくなく、シーンはやや暗がりのある映像になっているが、競技当事者である選手達は本気であり、気を抜けば後悔するのみのスポルトマティックな精神を持っているのであろうから、精神的抑圧に強い弱い関わらず本人達には一瞬たりとも油断できない瞬間の連続が重たくのしかかってきているのであろうか。奇しくも映像でこのシーンを見ると、暗がりの中での重い空気と共に競技場全体が胸はちきれんばかりの焦燥とで充満しているような感覚に陥る。例えが悪いが、まるでテレビ中継されている深夜のバスジャック事件の解決を見届けんとしているように。 キャメラが正にその現場、この記録映画では競技の場だが、そこに居留まり、競技や試合の顛末を映し定めることで、フィルム何十万フィートのラッシュが上がり、編集を経て見事な完成型へと化すのだ。 -2-
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