結城一誠過去作品展示
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●リレー連載映画レヴュウ/第四回 『ソナチネ』
ジャケット

武の描く暴力描写には必ず「被害者のその後」が映っている。武の描く暴力描写には必ず「被害者のその後」が映っている。
これはシニカルな武ならではのジョークであり、また暴力の裏側の真実でもある。
例えば粋がっている不良少年がヤクザと知らずに喧嘩を売ったらどんな映像を想 像しますか? たいていの映画ではヤクザが「おい兄ちゃん事務所来て貰おうか」 と有り触れた台詞を吐いて組に連れて行く場面で終わるか、その場でパンチや蹴 りを入れてお仕舞い。
武映画は違う。
カット1:真正面から不良の粋がった顔のアップ
カット2:武のアップ(絶対に喋らないんだこれが)
カット3:2〜3発ボディにパンチをきめて
カット4:気だるそうに立ち去る武
カット5:呆然と鼻血を出して立ち尽くす不良少年の間抜け面(カット1とのギャッ プが凄い!) 特にカット2とカット5が他の映画には無い。
武映画は極端に台詞が少ない。これは後で語るが「台詞」なんかよりも映画に大 事なのは「間」であるからだろう。
また殴られた方のその後を映すというのも武ならではの演出である。(写真はHNA−BIより)
勝者にも敗者にも平等にドラマがあるはずなのだ。
どうして敗者にはドラマが無いと言いきれよう。勝者が常に勝者であるはずもな くいつ敗者の無様な格好を曝け出すことになるかもしれないはずである。
普段粋がって肩で風切っている不良も今回ばかりは鼻血を出して泣きそうな顔し て虚空を見つめるのだ。これのなんと滑稽で愛くるしい人間味溢れる表情であろうか。

勝者と敗者両方を描くことでバランスが取れ、非常に心地よいシーンとシーンの 切り替わりになるのである。
武の映画はバランスに優れていると言っても過言ではない。
武の持論に「振り子理論」というのがあるのは余りにも有名だ。
振り子の幅が左に10だけ凶暴になれる人間は右に10だけ優しくなれる。
左に10だけ馬鹿になれる人間は右に10だけ真面目になれる。
逆を言えば物凄く優しさを持った人間はそれと同じくらい凶暴になれるということ。
これがこの映画のテーマにもなっていて、今までヤクザとして生きてきた村川は、 「真面目」に己の人生を振り返った時「馬鹿」なことに耽り、「生」について考えたとき 「死」に向かって歩き出す。
「生と死」「暴力と優しさ」「真面目と馬鹿」絶妙なバランスと配置で映画が全 体を通してとても端正なものに出来上がっている。
映画ソナチネの中でそのシーンを取り上げてみると

腹痛くて飲めね■ついさっき腹を刺してきたチンピラ(写真右)に移動バスの中で「何か飲みますか」と
 勧められるヤクザ(写真左)の台詞
 「俺はいらね。腹が痛くて飲めねぇ。」
 この天然の何を考えてるのかわからないチンピラと嫌味で返すヤクザのやりとりが  滑稽でたまらない。
■沖縄ですることのない村川一派は砂浜でひたすら遊んで時間を過ごす。
 そのユーモラスでありつつも狂気が垣間見られるシーンは沖縄の静謐な情景と  武の絶妙なカメラの配置で見るものを唸らせる。
 >拳銃でロシアンルーレット
 >人間を使ってのとんとん相撲
 >花火を使って雪合戦(?)勿論武は途中から拳銃を使い出すw
何度も言うが「真面目不真面目」「狂気と正気」「生と死」あらゆるファクターがバランスを保ち 均整の取れた映像は見るものをある種の快感へと導くのではないだろうか。

ロシアンルーレットトントン相撲花火合戦




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