結城一誠過去作品展示
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BIOMEGA2004年:講談社:212頁
BIOMEGAジャケット

+INTRODUCTION+
西暦3005年。7世紀ぶりに火星への有人飛行を成し遂げた人類。水も酸素もない廃墟と化したかつての入植地において、宇宙飛行士達は1人の女性を発見する。 その後、帰還中に探査船は地球周回軌道上で大破。発見された乗組員の遺体は未知のウイルスN5Sに冒されたまま、軌道上を漂い地上に胞子を撒き散らしていた。 半年後の地球。ドローン禍と呼ばれるバイオハザードで混乱する洋上の人工島9JOに、合成人間・庚造一が送り込まれる。彼は幸先良くN5Sウイルスに適応した少女イオン・グリーンを発見するが、その矢先に対立するCEUに彼女を拉致される。彼がイオンを追ううちに、CEUの上位機関DRFの企てる陰謀が進行してゆく…。
引用元→http://ja.wikipedia.org/wiki/BIOMEGA

著者
二瓶勉
出版社
講談社 (2004/11/5)
ISBN-10
4063612821
ISBN-13
978-4063612820
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私と漫画A〜漫画の魅力は視覚体験にこそあるのか、と・弐瓶勉作品「バイオメガ」からその魅力を解く〜
by結城一誠

さて、随分遅れてしまった。申し訳ない!前回は私と漫画について昔話もかねて綴ってみたが、今回からは告知通り、私を魅了した数少ない漫画作品を紹介するとともに漫画の魅力の発見について語らせてもらいましょうか。数少ないと前置きしているので、ベスト10とか50選とかいうスケールのでかさはない。故にこぢんまりとした独善的な紹介だから、読んでて辛いかもしれない、が、まあご容赦あれ。
ということで筆を進めていきたい。
さあて、弐瓶勉の「バイオメガ」という漫画作品がある。昨年春に読んだのだが、この漫画に触れられたことはまさに新境地との邂逅である。90年代後半の日本漫画はまるで私を拒否するように私が拒否して、ほぼ読めなくなった。世紀末、宮台真司や大塚英志らによってサブカルチャー文化として語られはじめたアニメや漫画からはひたすら逃走した。物語からの逃走でもあった。同時に同時代の小説、映画、音楽からの逃走。絞殺したいほど、語られるキャラクターやアイコンというものが憎かった。
物語で描かれるヒロイズム、ダンディズム、ストイシズムはどうでも良かった。スポ根、ラブコメ等以っての外、と。 ということで、物語への嫌悪を払拭しないかぎり漫画は読めんと思っていたが、漫画はその字の通り「画」という字が語の旁を成している。つまり絵があるのだ。文字を追って、物語を読んでいくといった行為だけでなく、絵を読み解くことでの文字のない行間、登場人物の感情の動静、場面展開、世界観、場の構造が明らかになってくるといった素質を持つソフトウェア。
私の漫画に対する観念の流れははその「絵」に着眼したことで、急展開した。絵に面白みを感じることでの、言語野では行わない意味付けの面白さ。文字と絵の間に発生するシュールな諧謔味。作家によるギミック、視覚的な韻、線に反映される作家性と美学。それらが散りばめられた空間としての漫画。
漫画における食わず嫌いな部分が、実に見事な旨味とともに色艶を変えて現れて見えたことで、それまでの一辺倒な嫌悪感は悉くとまではいかずも払拭され、漫画作品に触れる機会が多くなって来た。この漫画「バイオメガ」を読んだのもまだ最近のこと(といっても半年以上前なんだが)。漫画については多岐に渡って見識のある前原一人やEJ TAKA(後者の御仁がこのフライヤーでも以前同作家の作品「アバラ」のレビューを寄せてくれていることは皆さんもご存知でありましょう)にこの弐瓶という作家とこの漫画「バイオメガ」を含めた一連の作品を薦められ、貸してもらったたことで触れることになった。
直感としてはこの漫画、単純に読む者に対して一筋縄な読解に伴うカタルシスや視覚的快楽を味わわせる作品ではない。一コマ一コマがまるで素描集や画集のような迫力を持っている作品なので、それを受容する眼は、連続する視覚的刺激に圧倒され、紙面の展開に惹躯<ジャック(結城造語)>される。
「ドラえもん」のように慣れ親しんで来た記号的修辞による明快な輪郭を持つキャラクターの押し出しをせずに、まるで写真か何かの画素能力や効果で一コマずつ進めていく感覚は静止画に対する動体視力を擬似体験させて活性化させる。同時に絵に含まれる情報の多さから脚本(テキスト)による説明の必要性よりも、見ることでの体験性を優位においている。荒廃した世界の描写でありながら、そこにおける構築物の描写は建築家の設計図顔負けの構造をなした「立っている」状態での描写である。しかし、そこで描かれる構造はその物語の枠の中で現実的に存在する構造として成立し、構築途上の設計図に見られる青写真の段階ではない。構造はあくまで一度完成された上(もしくは途上の状態で打ち止めされた施工段階での構造)での、崩壊と減衰の過程を経た状況での物語。これは、建築家レベウス・ウッズの「ベルリン・フリー・ゾーン」「ザグレブ・フリー・ゾーン」などの一連の都市計画に見られる、戦後の都市復興を指向した「朽ちる・破壊する」ことからの構築というコンセンサスと繋がってくる。レベウス・ウッズはこの計画の青写真の中で、まるで荒廃した都市の延長に展開された「空中レジデ

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