「夜空に沈んだ」――なんという壮大なビジョンであろうか。
タイトルから受ける印象はこうであろう。太古の大西洋。雷鳴とどろく嵐の晩、アトランティスと呼ばれる大陸が突如、地盤を揺すぶらせ、夜空めざして上昇をはじめる。荒れ狂う海原。滝のように落ちる海水。巨大な飛行船のようにゆっくり上昇をはじめた大陸は、雲間を突きぬけ、そのまま暗い星空に呑みこまれてゆく……。
ワクワクするじゃあないですか。もちろん証拠はないに決まっている。寡聞にして宇宙空間でアトランティス大陸の遺跡が見つかったという話はまだ知らない。しかし、やれナントカ島だ、やれナントカ海溝だ、というせせこましい議論を一蹴するだけのビジョンの力に満ちあふれている。こいつは凄い、一本取られた。
そう思ったのである。――中身を読むまでは。
ええ、内容はといいますと、アトランティス大陸には水や魚のイメージがつきまとっている、という説を述べた後で、これまでの先行研究(ハプグッド、デニケン、シッチンなど)を順に紹介してゆく。なかなか自説を開陳せず、研究史を並べて盛りあげてゆくというのはコリン・ウィルソンも好んで用いる方法なので、ここは良しとしよう。
その先にはどんな驚きが待っているのか。どんな論理のアクロバットによって、アトランティス大陸が「夜空に沈ん」でゆくのか。期待は高まる。が、それに反比例して残りページがみるみる少なくなってゆく。
いやな予感がした。ちゃんと浮くのか?大陸が?
結論を言ってしまうならば、看板には大いに偽りがあった。作者の論はこうである。アトランティスは「古代の未知なる文明ではなく、もともと海の中に存在した宇宙に起源をもつ文明――人類の文明とは異質で、存在の仕方が違う文明ではないか」。
つまり、海の中には昔から異星人の文明があるようだ、という話であって、まったく、どこにもアトランティスは「夜空に沈んだ」とは書いていないのであった。レトリックにしてもこれはちょっとなあ……。
せめて『夜空から来たアトランティス』くらいにして欲しかったが――あ、それだとがっかり系映画の代名詞『宇宙から来たツタンカーメン』を連想させるからまずいのか。
次が『宇宙人恐怖の思考回路』である。
といっても著者が宇宙人にインタビューしているわけではない。各種目撃例からプロファイリングを重ね、どうやら宇宙人というのはこういう事を考えている奴ららしい、と類推しているのだ。宇宙人の写真から身長と頭部の大きさを測定し、脳の容量を割り出すあたりはなかなかにスリリング。本書によれば人類と宇宙人の知能の差は「一千万年以上」であるという。(しかも、次のページには「数百万年の知能差」とも書いてある。どちらが正しいのだろう?)。むう。
ところで宇宙人の円盤は光速を超え、重力をコントロールしてジグザグに飛行できるはずなのに実に頻繁に墜落する。一体これはどうしたことか?彼らは本当に賢いのか?それとも気が狂っているのか?宇宙人のこの妙なちぐはぐさは、以前から円盤研究家たちを悩ませてきた。
著者はこの大きな問いに、スマートな答えを提出して見せる。すなわち「宇宙人の国家は共産体制」である、と!!共産主義国家ソ連(当時)の兵器は、アメリカ軍以上に高性能でありながら、事故が多発したではないか。チェルノブイリ原発事故を見よ。あれこそが共産主義国家である。すると、円盤の墜落も放射能漏れが原因なのでは……。
以下本文から引用させていただく。
「このように、異星人の放射能に対する安全対策のお粗末さは、共産主義国の体質と類似しているようだ。だが、彼らの宇宙船に比べれば、ソ連の原発や原潜のほうが放射能漏れを起こす頻度が少なく、まだ安全といえる。」
むうう。円盤にはなるべく乗らない方が賢明なようだ。
さて、がっかり系二冊ということで紹介したが、一応断わっておくなら私はこれらの著作を読んで「騙された!」と本気で怒ったわけではない(前者の肩すかしにはちょっとビックリしたが)。こりゃ看板に偽りありだよなあ、と苦笑しながら結構愉しんで読んだ。
タイトルも作品のうち。騙すのも芸のうちである。騙すという言葉が悪ければ「つかのま魅了する」と言い換えてもいいだろう。その芸を愉しんで、充分に元は取ったつもりである。
それにしても。
この二冊が並んでいる本棚はなかなかにインパクトがある。インテリジェンスでちょっと妖しい私、を演出したい方には是非、二冊同時購入をお勧めしたい。がっかりする結果を招いたとしても、もちろん当方では責任を負いませんので、不悪。
最後に余談。
『宇宙人の思考回路』は近所の古本屋で買ったのだが、先日ぶらりと立ち寄ると、私が買ったのとまったく同じ位置にもう一冊補充してあった。いったい何冊ストックがあるのだろう?これを「サイエンス」の棚に置いておくのも勇気が要ることだろうに。
古書店員の思考回路も図りがたいものである。
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