結城一誠過去作品展示
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乗り物ぎらい
by朝宮運河
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 乗り物があまり好きではない。自家用車、バス、電車、飛行機、船、人力車、その他諸々、フワフワ浮いたりグラグラ揺れたりするものは、気分が悪くなるからすべて苦手である。マヤ文明には車輪がなかったといい、それを指して連中の文化程度の低さの根拠とすることがあるけれども、これは大いなる間違いであろう。誰が好きこのんで車なんかに乗りたがるものか。きっとマヤ人は揺られるのが嫌いだったのだ。自律神経が弱かったのだ。

 とりわけ苦手なのが、大勢でぎゅっと詰めこまれて移動する式の乗り物で、あれほどオッカナイものはまたとない。だって考えてもご覧なさい。ひとつの箱にたくさんの人間がみっしりと、あたかも牛か馬か羊のように載積されて、おんなじ方角目指して突っ走ってゆくのですぜ。このオゾマシサ、少しでも閉所恐怖症の気味がある方ならば賛同していただけることと思う。車やバイクと違ってスピードの調整もできない。停まりたい場所で停まることもできないし、進めと言っても進まない。私はよく約束の時間に遅れそうになったとき、電車の車輌内をイライライライラと歩き回るのだが、いかに超念力をこらしたところで速度は一向に変わらないのである。精神衛生上、非常によろしくない。

 まあ路線バスや各停電車はまだよいのだ。イヤになったら適当なところで降りたらいい。フェリーや新幹線も焦れったくてつらいけれど、甲板やデッキという逃避場があるからよしとしよう。もっとも厄介なのが、飛行機とか呼ばれる巨大な鉄の棺桶で、こればっかりは乗るたびつくづくウンザリさせられる。
 なにしろ上下左右やたらに揺れる。内臓が液状化するほどである。マヤ人ならたちどころに吐くであろう。そのうえ座席が狭い。フライト中は自由に立って歩くこともできない。景色はつまらないし、窓は開かないし、開けたら開けたで死んでしまうし、今日では喫煙スペースすらないのである(昔はあった)。つまり、乗ったら最後、到着のときまでただひたすら茫然と、阿呆のようにチョコナンと座っているしかない。これほど非生産的かつ不自由な、情けない時間の過ごし方があろうか。ないと思う。航空会社は機内ラジオやら映りの悪いテレビやらを設置するよりもまず、乗客全員にタチマチ意識が失せるような強烈な睡眠薬を与えるべきであろう。
 唯一自由があるとすればトイレに立つときくらいのもので、やっと一人になれたという開放感から、思わずトイレで喫煙してしまう人が出るのも無理はない。甲板もデッキもない閉塞空間にあっては、トイレットだけが孤独の牙城なのである。箱詰地獄からの逃避口なのである。澁澤龍彦の短篇『うつろ舟』には、ジェット機のトイレを占拠してオナニーに耽る妖しい少年が現れるけれど、これも乗り物嫌いの身からしたら大いにわかる話であって、そうでもしなければ国際線など乗っていられまい。

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