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「ぼくはこんな音楽を聴いてきた 2」 by EJ TAKA (from「自分BOX」)
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「we will meet again for harry」 Bill Evans
アルバム「You Must Believe In Spring」より

このピアニストのアルバムを何度聴いたか分からない。高校の頃にビル・エヴァンスとい う音楽家を知り、たまに機会があれば聴いてきて、何だかんだで結構な数のアルバムを持 っている。この前数えてみたら、彼がリーダーとして作ったアルバムだけでも11枚も持 っていた。たぶん、まだ増えると思う。
 一人のピアニストに、そこまで長く関わりあうとはどういうことなのだろう。
 音楽に限らず、何かしらの作品に心を奪われるという事は、作者という人間に我々が関 わりあう事なのだと思う。それはもしかしたらかなり幸福な部類に当てはまる出会いかも しれない。少なくとも僕は、十七歳の時に、深夜テレビで彼が演奏をする音と姿に出会い、 以来彼を求め続けている。
 ビル・エヴァンスはマイルス・デイビスに認められた数少ない白人ミュージシャンのひ とり。他のピアニストが、スウィングしようぜ、踊ろうぜ、と楽しく弾くなか、ビルの演 奏は明らかにそれとは違う路線を追求していた。彼がクラシックから始まったピアニスト であるという事も関係しているのかもしれないけれども、もっと哲学的で内省的な感じを 受けるのだ。まあ、単に性格の問題ということもあるけど。
 僕みたいなのが、あんまりジャズを語れるはずも無いのを承知で言うのだが、60年代 のエヴァンスのピアノは甘く、70年代に入るにつれてその音は徐々に研ぎ澄まされてく る。アルバムを通して聴いていると、やがて奏でられるピアノの音幅がより広く進化して 行っているのがわかる。というか、ピアノを通じてより深く自分の中に入り込み、それが 音にも顕れている、といった方が分かりやすいかもしれない。
 ビル・エヴァンスといえば、スコット・ラファロという運命的なベーシストと作り上げ た奇跡とも呼ばれるアルバム「Waltz for Debby」が有名なのだが、僕はこのアルバムより も今回のアルバムの方が好きだ。なぜなら、このアルバムこそ、晩年の彼にとっての、決 算報告書のような意味を持っているように思えるからだ。
 人の一生の幸福と不幸の量は一定という考え方があるが、若くしてマイルスに認められ たエヴァンスの人生は、50歳を越える周辺から、少しずつ歯車が狂い始めたようだった。
 大げさな言い方かもしれないが、年月を経るほどに彼はジャズの持つ「暗さ」や「悲し み」に惹かれていった気がするのだ。麻薬常習がよりひどくなり、より強力なヘロインを 打つようになってからは、指は浮腫んでコードを押さえられないぐらいだったらしい。
 また奥さんのエレインが彼と離婚したのち、列車に飛び込み自殺をする。(結婚していな かったという説もあるけれども)
 やがて1979年には実の兄が銃で頭を打ち抜いて自殺。
 彼が1980年に肝硬変で死んだとき、周りの者は彼に再三病院に行くように勧めたと いうが、彼はそれに従わなかった。だが、それも分かるような気がする。
 作者の人生と作品を重ね合わせて、過度の共感を感じてしまうのは、正直フェアなこと ではないかもしれない。でも、このアルバムはそんな死んでしまった彼等に捧げられたア ルバムでもあり、一種独特の静謐さをたたえている。
 1曲目「B Minor Waltz」は「For Ellaine」と奥さんに。
 4曲目「We Will Meet Again」は「For Harry」と兄に捧げられている。
 この悲しみに自分の悲しみを重ね合わせるのは、釣り合いが取れていないかもしれない。 でも、研ぎ澄まされたピアノが自分の気持ちにリンクするとき、僕は自分が抱えているち っぽけな悲しみが、どこか別の場所に昇華されているように感じる。
 魂のエッセンスといえば聞こえはいいけれども、ビル・エヴァンスは決して美しいフレ ーズだけのピアニストではない。その演奏は、耳を澄ませれば何かしらの感情を含みつつ、 僕等の心に真っ直ぐに届くのだ。

Bill Evans
You Must Believe In Spring
STAND
2004/02/03
CD
\1380
Rhino/Warner Bros.
収録曲
01 B Minor Waltz (For Ellaine)
02 You Must Believe in Spring
03 Gary's Theme
04 We Will Meet Again (For Harry)
05 Peacocks
06 Sometime Ago
07 Theme from M*A*S*H (Suicide Is Painless)
08 Without a Song
09 Freddie Freeloader
10 All of You
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