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『ときめきに死す』 [S1M0NE]:1984年:105分:日本
「シモーヌ」ジャケット

+INTRODUCTION+
スーパースター、ジュリーこと沢田研二演じる孤高のテロリストが宗教家暗殺に失敗するまでの過程を、男二人、女一人という奇妙な共同生活を軸に描かれている。森田芳光監督。
共演の杉浦直樹は、本作で1984年度アジア太平洋映画祭助演男優賞を受賞している。

+SYNOPSIS+
謎の組織から莫大な報酬で、ある男の身の回りの世話と別荘の管理を依頼された歌舞伎町の医者を自称する大倉洋介は、山間の田舎町にある駅で工藤直也という若い男を出迎える。大倉は、組織から受けた綿密な指示に基づき、別荘で工藤の世話をする。酒も煙草もやらず、会話さえも拒否し、黙々とトレーニングに励む偏屈な若者との生活に神経をとがらせる大倉。しかも、工藤の正体も目的も知らされず、また質問することも禁じられている。こうして男二人での共同生活がはじまる。組織からの一方的な指示に基づいて工藤の世話をする大倉だったが、ひたすらに日課をこなす工藤のストイックなまでの姿勢に次第に惹かれていく。そんなある日、組織から一人の女が派遣されてくる。組織は工藤と大倉の体格や性格に応じて梢ひろみという女性を選んだのだ。しかし、工藤は梢に関心を示さず、自分の生活パターンをくずさない。手持ちぶさたに悄然としていた梢も、やがて工藤に興味を抱きだす。男二人、女一人の奇妙な共同生活がはじまった。
工藤の役割は・・・?その結末は・・・?

監督
森田芳光
原作
丸山健二
脚本
森田芳光
編集
川島章正
出演
沢田研二
樋口可南子
杉浦直樹
岡本真
矢崎滋
日下武史
宮本信子
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REVIEW by 結城一誠

【皆さん、涼しいですか?】


どうも昔から私の邦画志向は強く、特に80年代の大学映研出身の監督が撮った作品は内容に関わらず、深夜のテレビ映画だろうがビデオだろうが名画座だろうが観てしまう傾向にある。愛知の実家で、中学高校時代に親父が直で深夜勤務の時、自部屋からこっそり抜けて階下のリビングで夜更かししながら深夜のテレビ映画を齧り付いて観ていた。そこで出会った邦画作品がやたらと心に残っているのだ。それらの多くは80年代若手ニューウェーブと呼ばれた映研出身の映画監督達の作品。石井聰互、大森一樹、長崎俊一、山川直人、そして森田芳光。森田芳光の作品といえば、まず『家族ゲーム』か『キッチン』、最近の作品だと『39刑法第三十九条』『模倣犯』あたりが思い浮かべられる。今年は、江國香織の原作による『間宮兄弟』が公開される。 今回紹介するのは森田が『家族ゲーム』のヒットした翌年、公開に持ち込んだ丸山健二の同名原作を扱った映画『ときめきに死す』。丸山の原作は読んでないが、その中身は或るテロリストの哀愁と恍惚を描いたハードボイルドの作品だそうだ。  この『ときめきに死す』はその原作を大胆に森田流のアレンジが加えられ、映画化されたものだ。
ニューウェーブ系ミュージシャンと関わり始めた80年代初頭より「TOKIO」「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」「六番目のユ・ウ・ウ・ツ」などがヒットした以降、当時低迷期に入りかけたジュリーこと沢田研二が主演を務めている。しかしながら、ジュリー主演の映画は後年評価される程良質なのが多いのだが公開時はヒットしてない。深作欣二監督による『魔界転生』は話題になったが、他にも彼の主演作は多い。『太陽を盗んだ男』『リボルバー』『妖怪ハンターヒルコ』『夢二』『大阪物語』『カタクリ家の幸福』…あなたはどれぐらい御存じだろうか?
 この沢田研二が主人公に抜擢されて撮られた映画『ときめきに死す』は脇を固める俳優陣も豪華だ。というか、興味深い。ジュリーの他に杉浦直樹、樋口可南子(現糸井重里夫人)、矢崎滋、日下武史、宮本信子、岸部一徳、加藤治子などを起用。キャスティングを誰が務めたかは分からんが、この抜擢も森田流なのかも知れない。
 映画は北海道・渡島を舞台に、或る組織に依頼され或る任務を負った男・工藤(沢田)と、その男の身辺を世話する歌舞伎町の医者上がりの男・大倉(杉浦)の待ち合わせから始まる。二人は事前に用意された別荘に住まうことになり、そこで管理された生活リズムによる共同生活が始まる。食事の献立も決まっている。ビーフステーキはウエルダム。デザートは工藤の好物、キウイフルーツ。必ずデザートを食事の先に食べる、という具合で。寡黙で謎の多い工藤に対し「私の感情は気にせず何でも言ってください」といいながらも大倉は工藤の性格と謎な生い立ちに興味を抱くが、工藤は耽々と任務遂行のトレーニングに励み、大倉の関心を足蹴にする。しかし多大な報酬を貰って仕事を請け負っている大倉は、そうした工藤の気分を害さない程度に世話をこなしていく。この映画のキーワードは工藤がよく口にする「涼しいですか?」という台詞。本土に比べれば北海道は確かに涼しい。しかし、映画の中盤に達するとその工藤の台詞が気温差をめぐるものだけでないということに段々気付かされてくる。節々にインサートされる、当時はマイコンと呼ばれていた時代のコンピュータ画面(組織側の任務計画が映される)が観る者に緊張を与えつつ、映画は進行する。男二人の共同生活に修まらずこの映画には勿論性的描写も登場する。
二人の生活に花を添えるという意味合いで、肩書きは古いが、組織からパーティコンパニオンの梢(樋口)が派遣される頃から、工藤の性格の断片が見え隠れする。しかし、それは断片であって全貌は掴めず、至ってハードボイルドミステリアス、テロリスト的恍惚を保ちつつ“ときめき”の中で任務を成し遂げようとする工藤。その任務とは一体、何?
工藤の手が付かぬままの梢を抱けない大倉は二人の仲を睦ませようと、海辺で出会った若い女二人を誘惑したり、情婦を抱き自分の性欲を満たそうとするが、同時に工藤の負う任務のことが気になってならない。そして、大倉は或る時、全国的に幅を利かせる組織の代表である人間が、この渡島を表敬訪問することを知り、工藤の任務が何たるかを悟り始めた。
 任務決行までの間、それを阻害する数々のトラブルを避けつつ、やがて“決行の日”を迎える三人。
 この映画の見所は、一度聞いたら耳を離れないサウンドトラックや伊丹十三作品の撮影を務めたりしている前田米造による乾いた映像や時にトリッキーなキャメラワークにある。そして映画全体が帯びる邦画独特の“翳り”と台詞回し。全編北海道ロケというこの映画、私のような本土に生まれ育った人間には、私が知り得る日本とはどこか違った風土の景色を目の当たりにしているような錯覚に陥って
いるように覚え、僅かな浮遊感というかスプリッティングというか妙な視覚的な剥離感を伴っているように感じる。不思議な海。不思議な岩。不思議な緑。不思議なコミュニケーション。そして、不思議な駅。
 人によっては眠気を誘う映画になる、と断言できてしまうこの静かな作品の魅力は、森田自身がそう言ってるように何度も観ることができるという点だ。観てみようかなと思ったら、避けずにまず観て欲しい映画だ。私はこの映画で自分が森田芳光の作品が嫌いなわけではないということを知った。森田芳光は好き嫌いがはっきり出る監督かも知れないが、彼の作品を何か観たことがある人は観ても損はしない気がする、そんな映画だ。と一応、売り込んでおくが、はっきり言って、詰まらんと思う人にはまるきり詰まらん作品になること請け合いなのでその度合いは弱めておく。ちなみにこの映画のラストシーンを、その昔に私と私の妹が名古屋の地下街の大型テレビジョンでたまたまやってるのを見掛けて、その鮮烈さを記憶せざるを得なかったのである。それからというものその題名さえわからず、ずっと記憶だけが残り歯痒い思いをしていたが、四年前上京したその秋、これまた深夜のテレビ映画で目にした際に、その映画のタイトルが『ときめきに死す』だと知った。私にとっては池田敏春監督の『人魚伝説』同様、縁のある映画の一つだ。

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