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禅銃 1984年:ハヤカワ文庫:574頁
禅銃ジャケット

+INTRODUCTION+
永平寺を支配する者は禅銃をも支配する。
いわく、一万日の勤行のすえにはじめて正対することが可能だという、
いわく、狙えば一発で浄土ゆき、射撃と同時に天から散華が降りつもるという
いわく、かの達磨大師が「こんなけしからん物があったら誰も修行せん」と怒ったという
大乗仏教最強の兵器、それが禅銃。

しがない雲水の斉啓さんがふと手にしてしまったのはそんなやばい銃だった。
ほんの手違いが次々と連鎖して、斉啓さんは行く先々で人々を浄土送りにしてしまう。
撃たれて浄土に行ってしまわないよう必死で禅銃の回収を試みる曹洞宗秘密機関「スジャータ」の面々。
臨済宗、黄檗宗の協力を経て開発した特殊袈裟を身にまとい、
何も知らぬまま暴走する斉啓さんを果たして止めることはできるのか?
引用元→http://homepage2.nifty.com/hosizoo/sa/zengan.html


著者
バリントン・J・ベイリー
出版社
早川書房 (1984/10)
ISBN-10
4150105790
ISBN-13
978-4150105792
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REVIEW by EJ Taka(from自分BOX)

 動静一如。静なるもの、動くは如何?

 時代は未来――
 かつては全宇宙を支配していた銀河帝国も、繰り返される権力争いや、風潮の退廃に、滅亡の危機に瀕していた。いまや帝国は、昔日の栄光にすがって、他の諸惑星にその威厳を保つだけで精一杯と言う有様だった。例えるなら、中身が腐り始めた巨木というものだろうか。余りにも支配が長すぎたのだ。 
 文化の進歩は全くといっていいほど望めず、遠い昔にはありふれていた〈純人間〉の数も、帝国軍においてさえわずかに二百名足らずに過ぎない。残りの軍員は、みな知能を付与された動物、あるいは成長を強制的に促進された十歳以下の〈純人間〉の子どもだけという非常事態に陥っていた。
 そんな折、銀河帝国のブレインマシーンとでも言うべき「オラクル」が一つの予言を帝国幹部に告げる。「エスコリア星域に帝国を滅ぼしうる兵器がある」と。帝国の軍人アーチャーは秘密裏のうちに兵器を調査するように命じられた。
 
 そのころ地球、かつては人類発祥のゆりかごと呼ばれたこの星の博物館では、奇妙な生き物が檻に囚われていた。人獣混合のキメラ「パウト」である。
 単に動物実験の慰み物として作られたパウトは「あまりにも道徳観念が劣悪」なために、作り主の博物館館長によって、檻の中に閉じ込められていたのだった。
「おら、出てえ。外の世界に行きてえだ」
 物語はこの訛りの抜けないキメラ「パウト」が、全くの偶然で、伝説の兵器「禅銃」を手に入れた時から動き始める。同時に、それは禅銃に関わる奇妙な二人組との出会いでもあった。
 白装束に鎧を着込んだ究極の小姓〈池松八紘〉、その甥である美少年〈審美庵〉シンビアン、彼等はある使命に従って禅銃を探し回っていたところだった。やがて、ふとした縁がもとでパウトに出会い、後の行動を共にすることになる。

 禅銃――
「放電銃、製造年代未定、〈武士道〉と関連あり。交換回路を持ち、電器を放射する」とある。余談だが、一見無骨な木製のグリップには〈侘び〉も効かせてあるとのことだ。
 いま、銀河帝国、キメラ、小姓たちの間で、禅銃を求める攻防戦が始まる。

 見所は、やはりキメラの「パウト」が禅銃をどのように使用するかということではないだろうか?
 禅銃には対象に照準をつける必要はない、ただ頭の中で相手を思い浮かべさせすれば、相手がどこにいようと狙えるのである。また放射するエネルギーも自由に調節可能なのである。さて、パウトは―――
 
  パウトは苦痛を与えるのが好きだった。(略)
  破線は窓から侵入し、娘の乳房に炸裂した。最初は左、次は右、そしてまた左……乳     
  首を狙ってなぶりつづける。娘は身を二つに折り、苦痛のあまり頬をゆがめて声もな  
  く口をあんぐりとあけ、激痛を振り払おうとするかのごとく、われとわが身をもみし  
  だき、両の乳房をひっぱたいた。(『禅銃』より)
 そしてまた〈小姓〉が実に心憎い。強さと求道とを兼ねそろえた孤高の姿は、あの幕臣、山岡鉄船を髣髴とさせる。愛する甥のためであるなら、平気で自分の武器も捨てる、異次元空間に甥が飛ばされても、確実に探し続ける。などなど家族愛が薄れつつある現代日本への警告ではないのか?

 だが何よりも、読中、一体誰に共感してよいものか、
 無口な〈小姓〉か?
 道徳心の欠けたキメラか?
 黄昏の銀河帝国か?
 その視点の不安定さは、拠り所のない現代日本人に「我かくあるべし」という強いアイデンティティを持つように、励ましてくれているようではないか。
 
 日本の禅を隠し味にしながら、総天然色で繰り広げられるスペースオペラ。
 禅銃!
 禅銃!
 禅銃よ!
 なぜ前原氏が「いいよ、この本持って行って」と、わたしにポンとくれたのか、
 なぜブックオフで見かけないのか、
 なぜアマゾンの評価が★2つ半なのか、
 なぜハヤカワ文庫がこの本を再版しないのか、
 
 答えは全て本の中にある。
 断言する。
 これはB級の作品である。
 しかし、中島らも氏の言葉を借りれば
「B級はエイキュー」なのである。
 ならば問う。
 禅銃とはなんぞや?

 追記

 余談だが、この銃を巡る攻防は、伝説のお経「女陰経」を巡って、博士・和尚・ギャングが三つ巴に繰り広げるフィルム・ノワールの傑作「キラーマーダーズ2000」(officeRH /2003/03)にそっくりとの事である。
「キラーマーダーズ2000」については、当サイト管理人に問い合わせてみれば、分かるかもしれない。なにぶんアングラな映画なだけに、現在は入手が非常に困難との事。一度は観てみたい映画だと筆者もかねがね思う次第である。


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