【凶都襲撃】
午前5時。湯魔が運転する濃紺のレンタカーがH南町に到着。車酔いを懸念したヤナーチェフを助手席に、KKK、前原を後部座席に飲み込み車は朝日を迎えぬまま発進した。持参したCDからナンバーガール”SAPPUKEI”をディスクチェンジャー兼ナビゲイターとして任を負うヤナーチェフに渡し、流す。AからBへ。”SAPPUKEI”。それは”移動”という観念に太刀打ちできるBGMのオープニングを飾るに選ぶべきベスト、と俺は思っている。「1995年から自力を信じてます。その指令を無視しろ。南から来た俺ら好調。」向井によりがなりたてられる聴き取り難い歌詞が車内を震わす。目指すは凶都。凶都襲撃。
サービスエリアが大好きな俺、前原はSAに停車する度にワクワクを止められない。富士川SAにてイナタイお土産を冷やかし早朝に付き開店準備の焼きそば屋に舌打ちする。SAの食事は文化祭と同じ味がする。祭りの味である。”濃さ”。「いかに濃く在るか」それのみを実在的存在命題として深く言及していく哲学者でありアーティストの眼差しがそこには存在する。だから俺はその味が好きだ。が、未だ焼かれることの無い焼きそばやフランクフルトに後ろ髪を引かれながら我々は富士川SAを後にする。俺は我慢できず発車前に購入しておいたかりんとうを車内で開け、頬張る。俺が噛み砕くゴリッゴリッ”かりんとう音”がATARI TEENAGE RIOTとない交ぜになるBGM。車内にはかりんとうの甘い臭い。俺はこの時、ヤナーチェフが余りの甘い香りに吐かないか内心ハラハラしていた。そんなハラハラを含んだゴリッゴリッである。俺の乙女回路ギリギリのラインでミュートしたかりんとう音。そんな俺の乙女心をも乗せて車は湯魔の運転により滑るように上郷SAへと向かった。そこで我々は朝食を喰らうのだ。旅の仲間と食事。これほど大事なものは無い。最初の食事は800円バイキングである。信じられるだろうか?サービスエリアでバイキングが食べられるのだ。グレイト、上郷SA。旅行者と祭りへ出向いた者のみが共通して味わうことのできるサービスエリアの味がここでも展開される。俺は大いに満足した。イエス。上郷サービスエリア。
出発前心配していた「連休」+「紅葉狩」=「渋滞」であったが早くから出ていたためか、はたまた雨の予報に恐れをなしたかコレといった渋滞にも遭遇せず我々は11時をやや過ぎた頃には凶都入りを果たすことができた。凶都にはあの男が待っている。朝宮運河である。この襲撃、メーンイベントを用意したのも彼、朝宮御大である。大阪赤線地帯に今もそびえる元遊郭の屋敷をそのまま利用した店がる。そこですき焼きを食らうのだ。メーンイベントに相応しい。イエス、朝宮。粋な計らいとはこれを言う。
メーンイベントは行程の二日目である。我々はまず、彼、朝宮との接触を果たさなくてはならない。彼が住む二階建ての書庫付近にあるパーキングに車を停め、二年ぶりとなる朝宮亭の門をくぐる。めいめい荷を解きながら手土産を渡す。先日機能不全に陥った珈琲メーカーに代わりヤナーチェフ、湯魔の手からKARITAのコーヒーメーカーが渡される。俺も機を逃すまい、とKALDIで買ったブレンド200グラム、食材、REGIOKINGの最新ミニアルバムとシューゲイズ系MP3を100曲詰め込んだCDを渡す。朝宮亭に新規投入された珈琲メーカーで一息つき今後の方針等について話し合う。昼食後あだしの念仏寺、EJ合流後食事をし伏見稲荷と初日とは思えないハードなスケジュールが立てられる。望むところだ。
餃子の王将。午前三時、読みかけの小説を持ち餃子と中華飯を喰らいに下北沢の店舗へ俺はよく行く。馴染んだ味と比べようと、ここ西の都の王将でも餃子と中華飯を注文す。KKK、ヤナーチェフも同じメニュー。朝宮は酢豚定食を頼み湯魔は回鍋肉を頼んだと記憶している。そう、回鍋肉。これがKKKの中華飯を狂わせた。俺、ヤナチェフの中華飯はまさに”中華”という名に恥じない「トロミ」が付いていた。が、KKKの中華飯は「サラサラ」としており俺+ヤナーチェフチームに比べると中華していない。答えは湯魔の回鍋肉にあった。湯魔の回鍋肉はサラサラしている。つまり、こうである。中華飯用に2人分、回鍋肉に2人分という作り方をしたのだろう。KKKのはどう観ても、「回鍋肉on theライス」の域を脱しえていなかったようだ。「それは中華じゃねえな」とボソリと呟いたのは誰であったろうか。
昼食後、我々は車を駆りあだしの念仏寺へと向かう。最寄の車道に駐車し念仏寺へと向かう。道中数多くの幽霊話を生み出した清滝トンネルを徒歩でくぐる。後にこれは通らなくて良かったと判明するのだが、我々の好奇心は本来行くべき道ではなく、絶えず妙な物に引かれ横道にそれ、蛇道へと至るようだ。トンネル内で持参したPANASONICのビデオカメラを俺は回した。そのディスプレイに映るトンネルの情景は肉眼とは異なり真っ赤にライティングされ嫌が上でも怪奇度が増すのであった。トンネル出口間際では大きく歪曲しているため前方の光点は消え、対向車からも我々は全くの視覚となる。確かに、これは作りとして不気味なトンネルだ。トンネルを抜け本来の目的地である念仏寺はトンネルのこちら側には無い、とわかり今来た道を戻ることとなる。戻る際拍子抜け、といってはアレだが行楽シーズンの高齢者の団体が怪トンネルから一般道に変えてしまったことも付け加えておこう。
さて、念仏寺である。かつて無縁仏が大量に遺棄されていた地であるらしく現在もその延長としてか寺としての性質が他と異なるようだ。仏舎利があり、世界中の仏舎利を集めると相当数になると聞き、お釈迦様は巨大だな、などと思った覚えが在る。仏舎利を経巡り奥へと進む。成仏を願ってか大量に並べられた地蔵により構成された幾何学模様の庭園があり、ある種の凄みを感じさせる。又、さらに奥へと進むと水子供養の一角が在る。各人一人ずつ覗いて来る。流石に”個人名”が書かれ、数多くの供え物を間じかで見るとやるせない気持ちになってくる。「地蔵ってのは水子だぜ」と教えてくれたのは誰だったろうか。君が目にすることの無かった空は紅葉をレイヤーに晴れ渡っている。
夜。EJと繁華街CDショップ前にて合流し飯を食らうことにする。朝宮が薦めてくれた店は確かな味とAKIRAな雰囲気に満ち溢れた良店であった。軽く酒を交わしつつ勧められるまま飯を食らう。ここでの発見は「猫飯」である。EJを除いた北出身の我々にとって「猫飯」とはご飯に例えば味噌汁をぶっかけたものを言う。が、EJに言わせるとそれは違うのである。EJ方の「猫飯」とは鰹やらがのっかた飯を言うのだそうだ。実際注文し食した「猫飯」たるや鰹やシラス、昆布などがのっかり知っている物とは大いに違った。まず、汁は掛かっていないのである。我々北がいう「猫飯」とはちなみに「犬飯」というのだそうだ。驚きである。確かに、猫は猫舌だ。味噌汁なんか掛けたら食えないだろう。しかし、こちらの猫は上等なものを食べている。怪談である。最近EJが体験している怪現象について我々は耳を傾けることとなる。曰く、着物を着た女性の霊が背後に憑いている、と。ここでの怪異を詳細に書きたいが、諸般の事情に付き省かせていただく。
食事と乾杯を済ませた我々は次なる目的地、伏見稲荷へと朝宮の運転で向かう。俺は酒を飲めない上に、運転もしない。むがー!申し訳なく思っている。地下駐車場から出発した車内には湯魔、ヤナーチェフ、朝宮、KKK、俺、EJと計6名を載せている。充分な人数が乗れるよう大き目の車を借りておいたのだ。この辺りの面倒を一手に引き受けた湯魔がいたからこそ今回の襲撃は成功しているのである。
さて、伏見稲荷。でかい。ばかでかい神社である。なにやら千本鳥居なる延々続く鳥居が山頂付近まである壮大な神社である。先回湯魔が一人朝宮を訪ねた際一度訪れたそうで「畏怖の念」を抱くとその評判を聞いていた俺は大層楽しみにしており、また、それは決して裏切られること無く体感させられた。圧倒的はそのパースペクティブ。パースペクティブ、といいつつ反するが、EJと語った消失点を失った乱雑なる構造体と呼ぶほか無い鳥居の群れは圧倒的でありその場の空気までをも換えてしまっている。なんと清浄。煙草を吸うことすら忘れさせてくれる心地よさ。ここは、良い。下山し本堂で思い思いに写真を撮りながら目の端にとある親子が留まる。母親が赤子を連れて車に乗り込む。時間は1時を回っていたかと思う。ナンバーも近隣ではなく、県を跨ぎやってきたようだ。神社というものは色々なものを託されているのだな、と俺は思った。寒い夜であった。
伏見稲荷を後にし急遽EJ宅を襲撃することになる。彼は最近郷里から凶都に戻ってきたのだが、郷里に行く暮らしていた住処と同じ住宅に居を構えた。階が変わっただけである。一度訪れたことのある俺は前回訪れたときとの余りの変わらなさに錯覚を起こしたほどだ。彼が紡ぐ音楽を具現化するハードとソフトを俺とKKKはEJに解説されながら検分。確かに便利になった。PC一台でできることが10年前に比べ圧倒的に増えた。が、やはりEJというキャラクターなしにはEJサウンドは生まれないのだな、ということを確信したのものである。行程一日目、ということもあり睡魔に襲われ始めた一行はEJを残し朝宮亭に戻ることとなった。帰り際、MP3プレイヤーを車内に忘れEJは車を出て部屋に戻ろうとする。MP3プレイヤーを届けてもらうよう渡し車内を飛び出すヤナーチェフ。呼び止めるヤナーチェフに「大丈夫!」と手を振り駆け出すEj。うわわ、と後を追い走るヤナーチェフ。何度も手を振るEJ。呑気に俺は車内で笑っていた。俺には未だにあの「大丈夫」の意味が分からないのだ。
朝宮亭に戻り一息付いた後、就寝を迎える。我侭に俺は一人一階で寝むり、他のものを二階へとおいやる。何事も無く迎えたと思われた朝。早起きはヤナーチェフ。次いで目が覚めた俺。空腹を沈めるため昨晩買っておいたレーズンパンを一袋平らげる。その頃には湯魔が起床し一階へ。何事も無く迎えたと思われた朝。が、しかし、湯魔一人は違ったのである。昨夜の居酒屋で語られたEJ体験談の影響か、はたまた清滝トンネルか念仏寺からひっぱってきたのか。彼は目覚めるなり俺に尋ねた。「前原君、夜中トイレに行った?」いや、俺はトイレには行っていないのである。湯魔は階下で人の足音を聞き、脳内に響く言語かならぬ声を聞いていたのだそうだ。その頃俺は履いていた靴下の片方が寝ながら脱げてしまったことを夢の中で気にしていた。朝皆が起きて「前原靴下片方だけ脱げているぞ」と笑われはしまいか、と。案の定目が覚めたら靴下が片方脱げていた。呑気なものである。
湯魔の怪異を聞いた後、早起き三人組みは朝宮とKKKを残し凶都タワー地下に在る早朝から開いている銭湯へと向かうことにした。朝から入る風呂は最高である。現状俺の住まいは風呂が無く、夕方に開く銭湯まで垢を溜める他は無い。ゆえに格別である。ドライヤーも20円を払う必要が無い。その上2分で整えなくてはならない囚人のようなリミットも課せられることなく使い放題である。サウナにも入った。が俺はサウナにまるでいられない。二分もいただろうか。風呂上りに湯魔に尋ねた。サウナに俺は長いこといられないのだ。熱くて気持ちよくないのだ。サウナに入れる人はあれが気持ちよいのか、と。湯魔の見解により明らかになったのだが、あれは我慢して入るのだそうだ。流れ出る汗を唯一の娯楽とし、サウナから出たときを至福とする。俺はサドだ。サウナは向いていないのだ。子供なのではない。サド気質なだけだ。むう・・・。
朝宮宅に戻り朝宮、KKKの起床を待ちメーンイベントの待つ大阪へと向かう。この辺りからそれまで順調であったカーナビがどうにもしっくりこなくなる。俺は思う。昨夜を境に調子が悪くなったのではないのか?と。このことはここに記すまで誰にも話していないのだが。目的地で駐車場を四苦八苦しながら探し、通天閣界隈を巡る。土地柄か100円という値で食える串かつを喰らう。なんというか、素人お断りな雰囲気の店が並び、真剣士が将棋を打つ活気の在る煙たい隘路を進みながら入った串かつ屋では朝宮が指揮を執る。こういう時の彼の”しきり”はいつもながらに感嘆する。勝手の分からない我々を思いやってかババッと必要なことを簡潔にジャイブ。店の者とやりとりを交わしてくれるのだ。そこでの作法「串かつのたれは一度だけ漬け込む」を耳打ちされ我々は串かつを喰らう。これが、なんとも美味である。この後に待つすき焼きを念頭に入れなければ何本でも手を伸ばしていたであろう。俺は食欲を自制した。串かつの誘惑を払い除けスマートボールを打つ。俺が大学時代暮らしていた街にもスマートボール店が一軒だけあった。そこのおばちゃんが自慢げに語っていたのは全国でもスマートボールがあるのは三箇所のみ。その一軒がここにあるのだ、と。俺はこれで全国の三箇所の内二箇所を制覇したこととなる。が、俺の結果は散々であった。前回も立ち寄った際湯魔は200を越えたという。彼はここで運を全て使い切った、と恐ろしいことを朝宮に言われていた。一方朝宮はキャラメルを受け取り唯一の勝ちを手にしていた。次に道中で見かけたたこ焼き屋で8つ入りを350円で購入し立ち食いを試みる。一口大の溶岩。俺、朝宮はためらうことなく口に放り込む。たこ焼きの中からトロトロの”熱”が口内を襲う。悶絶する俺、朝宮。笑うヤナーチェフ、KKK、湯魔。笑っていられるのも今のうちだぞ、貴様ら。湯魔は猫舌である。その彼に俺は「行け!」とジェスチュアする。応える湯魔。いい顔が見れた。俺はサドである。ここで俺個人として許せないのがKKK。お前、たこ焼き割り箸で割って食っていたな。反則だろう。減点5だ。たこ焼きを立ち食いしたのち「朝宮運河と10月同盟」を開催した会場を備える”明るいルルイエ”のようなフェスティバルゲート内部にあるCDショップへと。自分BOXのCDが売られている店だ。売り切れのため店内にはなかった。店内を冷やかしEJと合流するためイタリアントマトカフェジュニアで小休止。EJ合流後一悶着。神戸から来る140宅に我々は泊まる予定であった。が、EJは翌日に仕事を控え神戸宿泊は無理。これに意気消沈したEJはしばらくいぢけたのである。ガクンと下がったEJのテンションを放って我々はメーンイベントとなる赤線地区へと向かった。
「この不自然な状態を利用しない手はねえぜ」とニューロマンサーにおいてケイスはモリイを口説いた。まったくもって男をオスにする光景がそこには広がっていた。ズラリと軒を連ねる画一的な二階建ての長屋。入り口には老婆が座り俺を手招く。その奥に鎮座した娼婦の艶然とした微笑。これぞクローム。クローム襲撃だ。一歩進むたびに頭の中がピンク色に染まっていく。どこまで行っても色気に満ちている。肺に溜まる空気が確実に媚香を孕む。大人になったら来てやるぜ。
KILLBILL。店内の第一印象はこれだ。観ただろうか。タランティーノによるKILLBILL、クライマックスのあの舞台。まさにアレである。メーンイベントの舞台に相応しい元遊郭、現すき焼き屋。予約客には角川書店が名を連ね、そこには朝宮の名も刻まれ我々は女将に部屋へと通された。ピンク色に染まったため息をつき、一息つく。140とその相棒M本氏の到着をしばし待ちながらこの場の雰囲気に全員のテンションが上がる。俺、湯魔、ヤナーチェフ、KKKはM本氏とは初対面である。緊張していた。
俺の想像。M本氏は線の細い眼鏡を掛けた細身のスーツの似合う腺病質な男を想像していた。しかし、実際にお会いしたM本氏は予想に反し逞しくカツゼツ良く関西弁を振るう明朗な方であった。ギャップ、それと目の前のすき焼きに心を奪われまともな話を交わせなかった。これは今でも後悔している。湯魔は俺が始めて会った時感じたようにスッと心に入る気持ちのよさに溢れM本氏と対話していた。KKKは社会人としての会話力の確かさを如才なく発揮していたように見え、俺はそれらを無責任に羨んだ。まったくもって情けないのは自分の様なのだが。が、いくら自分が情けなくともすき焼きは至高の美味を俺に展開。最高である。テーブルは140、M本、ヤナーチェフ、KKKのチーム。俺、朝宮、湯魔、EJのチーム。ヤナーチェフ、140は先回のサドサーカス以来である。徐々に馴染んでいく2人を見て俺の脳内では歓声が上がっていた。俺にとって”西の140”、”東のヤナーチェフ”が同じフレームに収まるということは言うなれば「エイリアンVSプレデター」、「フレディVSジェイソン」クラスのカードである。後にこの2人は「義理の双子の殺し屋」として俺の脳内に刻まれる。俺にとってこの場は”義理の双子の誓い”が交わされた歴史的舞台なのであった。などと思いながらすき焼きを食らう。EJが”朝宮の肉に纏わるエピソード”を披露し朝宮の乙女回路はオーヴァーヒートを繰り返す。この場では運転を控えていた湯魔は酒を飲まず、である。この気遣い。誰もが感謝しているはずだ。宴も酣。全員で店を見学に席を立ち空き部屋をコソコソ覗いている。この時、俺はM本氏と2人横並びで館を巡り少々話すことに成功した。廊下に飾られてあった桂文珍の写真を見て、「指が太い」のコメントに笑ってくれたのが俺には嬉しい。女中さんの粋な計らいで客のいない部屋を自由に出入りしめいめい写真などを撮り、我々は店を後にした。EJと駅で別れた後、一行は神戸へと向かったのだった。
神戸へと向かう車中、窓の横を流れるハロゲンライトのオレンジ色の明かり。後部座席にただ乗っている俺は呑気に綺麗だな、などと思っている間に、猪が出るというM本亭へと到着した。朝宮亭も書架が凄いがM本亭も凄い。整然と並べられ把握しきれない蔵書が収められている。M本氏のクラシック嗜好か居間に置かれた電子ピアノにKKKの興味が行く。KKKには旅行出発前にフラメンコについて聞かされていた。140はクラシックギターの名手である。ピアノからギターの話題へと移り、M本氏が翌朝の予定のため先に就寝し、電気を絞りながらBGMに流す「ロッキーホラーショー」。そこから自然話題は怪談へ至る。俺は実は怖い話が大好きだが苦手だ。とても怖くなる。俺は怖がりだ。140により、出汁巻き卵とおにぎり、ニュウ麺が夜食として振るわれる。出汁巻き卵が非常に上手い。おにぎりを喰らい、ニュウ麺を食らう。どれも美味。しかしニュウ麺は茹で過ぎである。如何に俺が大食漢であろうとも、あの量は平らげることはできないのだよ。しかし今でも食べ残したことに悔いが残る。畜生。ごちそうさまでした。翌朝は近場の140行きつけの喫茶店にてモーニングを喰らおうと居間に床を延べる。湯魔がソファで眠ってくれることになり修学旅行のような雑魚寝を展開。「あー!眠りに落ちる!」という寝入り際、俺は「ぬー!」と奇声を発し朝宮にうるさいと怒られる。ごめんなさい。俺の乙女回路が焼き切れかけた瞬間であった。
翌朝目が覚めると既にM本氏は出かけた後であった。風呂を借り全員が起きた頃行きつけの喫茶店へと向かう。町並みは山の手の雰囲気。綺麗である。中部地区で大学時代を過ごした俺にモーニングは懐かしいものであった。東京ではモーニングにありついた覚えが無い。珈琲にトースト、卵、サラダが付いて珈琲価格。これがモーニングである。街の雰囲気に似つかわしく俺がバイトしていた喫茶店とはえらく差の在るしっかりした食事であった。ただ焼いたパンや茹でただけの卵ではない。どちらかと言うとコンチネンタルな雰囲気のモーニングである。ここが近くにあれば俺は間違いなく常連だ。モーニングを喰らった後神戸市街へ向かい高架下を散策することに。俺は高架下への一種憧れがある。思い越せば生まれた札幌市南区澄川で高架下の風景は俺に馴染みの少ないものであった。神戸高架下。仰け反るかっこよさ。140は並びに在る薬屋の看板、”双頭の鹿”の剥製を見せに連れてきてくれたのだが、俺はここでの風景にまず感動していた。伸び上がる配管と薄いスリットから差し込む光。狭い路地に行き交う人の流れ。サイヴァーパンクしていた。双頭の鹿の剥製を撫で摩り撮影をし終えた我々はそのまま山の手洋館巡りへと向かう。今日は神戸散策なのだ。洋館へ至るまでにモスク前を通り三つ並ぶ三日月の装飾が珍しく写真を撮った。実際珍しいのだそうな。山の手の洋館では鱗造りの珍しいものを見た。雰囲がある。急な坂道。時折目にする廃墟化した建物。この連中は塀を乗り越えて入り込みそうだ。うひひひひ。観光客で賑わう洋館から坂を下り昼食にラーメン屋へ入る。KKKは最近密かなラーメンブームの只中にいる。中毒としか思えない傾倒ぶりだ。彼の要望にも応えるべく入った140お勧めのラーメン屋は実際旨かった。キムチがサービスで食える。ラーメンは濃厚なスープが一番である。期待に応えてくれた濃厚な鶏がら味噌ラーメン。KKKのラーメンブームに触れたついでに彼の食リミッターについて記しておこう。彼は決して食がやたらと細いわけではない。しかし彼の食事、という行為には制限が掛かっている。30分。そのリミットを越えるとカチッと満腹してしまうのだそうな。ゆえ、彼はあらゆるものを30分内に喰らわなくてはならない。甚だ食べ放題に向かない体質である。食のウォーズマンとはKKKのことをいう。昼食の後、港へと向かう。140の過ごすジャズバーなどを紹介されつつ倉庫群を冷やかす。夕刻。港について驚かされたのは阪神大震災の際、被害にあった海岸線が保存されていることだ。実際目にした破壊の後はジャガーノートを思い起こさせる。ジャガーノート・ライド。傾いた街灯に”かっこよさ”を感じる俺はやはり、他人事でしかないのだ。軽薄で嫌になるが、それが俺だ。この辺俺は”群集”でしかない。神戸ベイエリアから中華街を抜け140亭へ運ぶ駅へと向かう最中妙に警官の姿が目に付いた。機動隊もちらほら。それを横目に中華街。中華街の風景は横浜とは違いこじんまりとしていたが通りの雰囲気は電飾の施された看板の在り方がブレランしていて好みであった。そこでは行列のできている肉まんを裏ルートで入手し立ち食い。思いのほか旨い。ジューシーである。電車に揺られ140亭から一路凶都朝宮亭へと車で戻る。朝宮亭到着後、EJ合流までの間に銭湯へと各自が向かい、EJが着たのちお好み焼きを晩飯に食らいに行くこととなった。140が銭湯は人生初だ、という台詞に俺の乙女回路がキュンキュンなった。朝宮亭から近場に二点銭湯がある。俺、KKK、140のチーム、朝宮、湯魔、ヤナーチェフのチームと別れ銭湯へと向かう。俺のたどり着いた銭湯は番頭から男湯女湯双方の脱衣所がガッチリ見え非常に刺激的である。案の定KKKは風呂を出て下着一枚で寛いでいる所を観られている筈である。キャッ。風呂上りにコンビニにより買い物をした後部屋にてEJ合流。お好み焼きを喰らいに出かける。ここでのテーブルは、俺EJ、140、湯魔のチーム、朝宮、KKK、ヤナーチェフのチームと分かれることとなった。豚玉とミックススペシャル、牛スジと焼きソバを注文。ここは自分らで焼くのではなくカウンターで焼いたのをテーブルの鉄板に乗せていってくれるサービスが在る。自分で焼くのも好きだがこれはやはり楽だ。マザーというゲームがあった。あの中では自分の好きな食べ物を入力するのだが俺は小学生の頃”お好み焼き”を入力していた。昔からの好物である。140の頼んだレバ刺しに端を発し座のメンバーゆえかスカ話しで一通り盛り上がるのであった。このころ俺は風呂で疲れが抜けたのと満腹感で物凄い睡魔に襲われる。お好み焼きを食らった後CDRを入手しに通りがけのビデオ屋に寄り帰路に着く。今日はこの後朝宮の散歩道である墓地へ行く予定である。丑三つ時に行く予定であったので俺は中座し二階で仮眠を取ることにした。その間、階下で何が交わされていたかは分からない。丑三つ時。俺を起こしてくれたのが誰だか未だに思い出せないでいる。寝ぼけながら階下に降り散歩道を行く。気の置けない連中と夜中に散歩。なんだか幸せである。辿り着いた墓地は背に工場を背負い随分と雰囲気のある異空間であった。こんな風景を散歩で得られるなんて。なんて羨ましい。朝宮が避けて通る道、というのを教えることなくヤナーチェフは感じ取ることができるか、という霊感実験が行われた。これが今回の旅の隠れイベントでもある。俺はこれまで怪異と言うものにまるで遭遇したことが無かった。が、しかし。朝宮とEJは墓地の堀の外でこちらを眺め、湯魔、KKK、俺は墓地入り口で2人の様子を伺っていた。ヤナーチェフ、140の義理の双子の殺し屋がある道へと差し掛かった時である。卒塔婆がにわかに吹いた風で音を立てて揺れ、雨が降り出した。B級ホラーならばなんて安い演出だ、と思うところだが目の前で展開されると、ビビる。単に雨が降ってきた、背後の工場によって風が巻かれそこだけ強い、というなら、まあ、分かる。雨風は自然現象なのだから論理的説明はしえる。ただ、気になるのは2人がその通りを抜け出て戻ると同時に雨風がピタリやんでしまった事だ。全ては偶然。そういい切れる。ただ、俺の「怖かった」と言う印象は紛れも無い事実である。そうして我々は来た道を戻り、朝宮亭で最後の夜を迎えるのであった。俺は部屋に戻り持参した結城の三枚の原画をEJに見せ、湯魔、ヤナーチェフ、EJ、KKK、140にネームを見せる。かりんとうを喰らいながらその様子を眺める俺。俺が映画を撮るきっかけとなったのは湯魔であり、さすが自主制作映画をフィルムで撮っていた湯魔だけあってネームでのカメラワークに敏感に反応してくれる。こそばゆいが非常に嬉しかった。その後、どういった流れであったか、ヤナーチェフの持参したガスマスクとEJのガスマスクを互いに披露。俺のジャケットが朝宮のジャケットと同じ型であることがこの後の凶行を加速したのかと思う。お揃いのジャケットを羽織り140はEJのガスマスク手には朝宮の拳銃、ヤナーチェフは持参のガスマスクに手には包丁を構え照明の炊かれた室内でポージングを取る。義理の双子の殺し屋の撮影会である。そこに出現した二人の殺し屋に誰もが口を揃えて、「そっくりだ!」と喝采。異様に様になる2人を激写激写。プロマイドでも作ろうか、という勢いである。カッコよい。宵も深け、就寝の時間となる。一階にヤナーチェフと140。二階に朝宮、EJ、湯魔、俺、KKKが寝ることとなった。ヤナーチェフは明日帰京することを考えしょんぼりしていた。同じく俺もしょんぼりした。
翌朝。何事も無く目が覚めた。湯魔も何事も無く目が覚めた。最後の食事は喫茶店である。モーニングの時間は終わっていたがここはセットメニューがAからEまでありとても聞いただけでは覚えきれないのである。そのようなことを先回凶都を訪れた際経験している俺やKKKが話してあったこともあり、そこへと向かった。朝宮は始めての入店らしく一階とは違う二階の妙に落ち着いた雰囲気に多少驚いていたようだ。朝宮、140、俺のチーム、湯魔、ヤナーチェフ、KKK、EJのチームとテーブルは分かれた。昨晩のお好み焼きと異なる点は一重にとある実験のためである。昨晩のスカ話は一体誰の手によるものか。140を排したテーブルでは確かにスカ化は観られない。恐らく、湯魔、140が同席することによりこの化学反応は生じるのではなかろうか。などと思いを巡らす中注文したミートスパゲッティが来る。140が食らっていたスパゲッティ風の焼きソバに俺は惑乱されつつ、ミートスパゲッティを食らう。EJのテーブルではヤナーチェフのサンドイッチを覗いて全員がカレー。カレーも旨そうである。飯を喰らい、一路駐車場へと向かう。湯魔、ヤナーチェフ、KKK、俺の東京組みに加え神戸に戻る140を乗せ、朝宮とEJの見送る中車を発進させる。長い日数を過ごした朝宮亭ともお別れである。満足な礼を欠いたな、と多少後悔する。俺としては3日どころでなく3ヶ月程いたかった。そのことを言うと朝宮に怒られたのがほほえましく思い出されるのだ。駅で別れる際、ヤナーチェフの座る助手席に両の掌をガラスにぶち当てる140とそれに応えるヤナーチェフの姿が印象的だった。それでも俺はサービスエリアではしゃぐ。揚げジャガを購入。三つ連なった揚げジャがは正直重い。一つで充分ですよ、と心の中でブレランごっこを繰り広げ次のサービスエリアへ。渋滞に掴まる前に寄ったサービスエリアにてKKKがみたらし団子を買ってくれる。もちもちしていて旨いのだ。3時間の渋滞で帰京。13時に出て22時着である。湯魔はヘトヘトであったろう。俺宅、KKK亭、と荷物を置きに寄りながらレンタカーを返す。最後に湯魔を労いつつ食事をしたかったがここでタイムオーヴァー。終電を考えると食事は諦めるほか無かった。ヤナーチェフ、KKKと湯魔、俺の乗車するホームは進路が反対で別れ際のカップルのように手を振り互いの電車に乗って帰路に着いた。が、が、が、しかし。俺はもう自宅に帰るのが面倒だったので湯魔宅を強襲。湯魔宅近くの松屋で晩飯を2人で食らう。俺はビビンバ丼を豚汁と一緒に食らう。外は軽く雨が降っていた。翌朝仕事を控え、かつ長い運転をして疲労困憊の湯魔を無視し俺は部屋に上がりこみテンピュールのマットレスで眠りにつくことにした。眠る前には以前から対戦したかったプレステの「きんにくマン」をやることに決めた。が、コントローラーは一つ。だからといって辞めはしない。一人プレイで湯魔の淹れてくれた珈琲を飲みながら遊ぶ我侭ぶり。そして、ようやっと眠りに就いた。そしてようやっと、眠りに就いた。
(前原)